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津波の中、残った製造レシピが希望を生んだ

震災でも、家族をつなぐ味を絶やさない

ヤマニ醤油/新沼茂幸社長

創業以来150年、地域に愛されてきたヤマニ醤油。
各家庭の台所まで商品を届ける「御用聞き」商法で、堅実な経営を行っていた。
だが、この震災で起きた津波により、建物すべてが流された。
新沼茂幸社長は、懐かしいあの味を再現できれば会社を再建できると、その道を模索中だ。

■偶然の采配が生死を分けた
 「あと10秒遅かったらダメだった」。家族とともに必死の思いで大津波から逃れたヤマニ醤油(岩手県陸前高田市)・新沼茂幸社長は、3月11日の体験をこう語った。
ヤマニ醤油・新沼茂幸社長。<br />「ヤマニの醤油がないと困る」と言ってくれる人がいる。そういう人がいる限り、続けていきたい
ヤマニ醤油・新沼茂幸社長。
「ヤマニの醤油がないと困る」と言ってくれる人がいる。そういう人がいる限り、続けていきたい

 地震発生時、新沼氏は所用で出かけるため、駐車場に向かう途中、不気味に長く続く揺れを感じた。「ウチは仕込み蔵が多くあり、蔵の崩壊による蔵人のケガと、失火による二次災害が心配だった」(新沼氏)。蔵人とは、醤油をつくる職人のことだ。
 150年続く老舗だけあって、同社には古い設備も多かった。会社の状況と、そこに隣接する自宅の様子を見に戻った。
 ヤマニ醤油があった高田町洞の沢地区は、海岸から離れた山手に位置する。「ここまで津波が来るとは誰も想像できなかった」と新沼氏は語る。
 社内の点検を済ませ、社員を自宅に帰した。だが、その時はまだ、津波の予感はなかったのだと言う。
 新沼氏も自宅に戻り、母親と妻、近くに住んでいた姉と一緒に、防災無線を聞きながら、余震から身を守っていた。
 津波を告げる防災無線の声は緊張度を増し続けた。ついには、体の不自由な母親を連れて避難することを決め、会社の戸締りのために新沼氏だけが会社に戻った。
 そこに、まさかの津波が来た。
 広い通りを回っていては間に合わないと、妻と姉は母親を抱えながら急な土手を登り高台へと向かっているところだった。
 防災無線の声も波の音にかき消される中、迫り来る津波を背に新沼氏は全力で家族の元へと走った。
 このままでは間に合わない。家族に追いついた新沼氏は、母親を背負ってさらに上を目指す。だが、3人だけの力では、なかなか土手を登れない。すでに避難していた女性2人が手助けに来てくれて、辛うじて上に登ることができた。
 すぐ足もとまで濁流が一気に走り抜けていった。ギリギリのところで、家族全員が「避難しよう」という気持ちになったことが幸いした。「助かったのは、偶然が重なったから」新沼氏は、その時の状況をこう語った。
 会社の方を振り返ると、20メートルはあったボイラーの煙突が砂煙で全く見えなくなっていた。敷地にある建物のほとんどが頑丈な蔵。にもかかわらず、津波に押され何もかもが無くなってしまった。それを見た時、なんとも不思議な感覚とともに、「醤油屋としての人生の終わりを感じた」と新沼氏は言う。

■被災者意識から起業家意識へ
 自宅も会社も津波に流された。津波による瓦礫で道路も寸断された。避難所に行けず、高台にある空き家で隣人と一晩を過ごした。
 翌日、今後の食糧のことも考え、そこに集まった全員で山を越え、避難所に移った。そこで多くの得意先から「ヤマニがなくなると困るよ」と声を掛けられた。「やりますよ」。見通しも何も立っていなかったが、それでも新沼氏は事業継続の意思を見せた。「実は、震災翌朝、一度会社跡を確認に行った」と新沼氏は言う。
 無残な光景だったが、遠目に事務所の残骸が見えた。そのため、危険とは知りつつも近づいていった。「大事な資料が流されず残っているかもしれない」。新沼氏は余震の続く中、波に揉まれて変わり果てた事務所内に入り、資料を探した。製造レシピさえ見つかれば、将来へ繋がる希望の光が見えてくる、そう考えたのだ。
 ヤマニ醤油には、醤油だけでなく長く受け継がれてきた独自の「つゆ」がある。醤油はもちろんだが、この「つゆ」が、全国からも「ほかには変えられない味」として人気だった。
デザイン性が高いヤマニ醤油のラベル。自分の台所に置いておきたいと思えるデザインをと考えた
デザイン性が高いヤマニ醤油のラベル。自分の台所に置いておきたいと思えるデザインをと考えた

「もちろん配合は頭の中に入っているし、蔵人も無事だった。でも、これまでの積み重ねである資料があるのとないのとでは違う」(新沼氏)。醤油をこれまでと違う蔵でつくるには、資料がベースとなる。この資料は日々の研鑽により、少しずつ進化しているものだ。そのレシピが見つかった。
 「レシピは希望」と新沼氏は言う。これさえあれば、ヤマニ醤油の味を再現し、待っている人へ届けることができる──。新沼氏の意識が、被災者から起業家へとスイッチした瞬間だった。
 蔵を流され、製造設備もない。それでも、「待っていてくれる人がいるなら、挑戦しよう」。そのためには何をすべきか。新沼氏は頭の中で再起に向けた具体的なシナリオを描き始めていた。

※記事は作成日時点のデータですので、あらかじめご了承ください。

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