月刊ベンチャー・リンク 2008年6月号より
<2008.6月号特集>手痛い失敗事例に学ぶありがちトラブルと対処法
(2008年9月11日更新)
「まだまだがんばれる」とつい先延ばしにしてしまいがちな事業承継。いざという時、対策が未着手あるいは不十分だと、些さ細さいな問題が大きなトラブルに発展することが多い。ありがちな4つの失敗パターンについて分析する。
玉越賢治 タクトコンサルティング代表社員
■後継者の育成に問題あり
事例1 会長が実権を握っているため社長に経営力が身につかない
S産業のA会長は、85歳と高齢になっても、経営の実権を握っていた。社長は58歳の長男B氏。B社長は13年前に社長に就任したが、ワンマン経営の会長の下で経営手腕を発揮する余地もなかった。そんなある日、B社長は覚悟を決めてメーンバンクのO銀行を訪ね、両親が保有する株式の相続対策のため、税法上の株価概算評価額を算定して、その結果を父に説明してほしいと依頼した。O銀行から説明を受けたA会長は、「オレを経営から引きずり下ろす気か」と激怒。B社長との関係がギクシャクしてしまった。
Advice 立つ鳥跡を濁さずが理想会長の座に恋々としない
後継者を据えたにもかかわらず経営の実権を握り続け、B氏が後継者に育つ機会を与えなかったことがトラブルの原因です。経営権の移譲は後継者の口からはなかなか切り出せないもの。自ら節度を持って経営者人生に幕を降ろすようにしましょう。
■後継者の指名が安易すぎ
事例2 抜擢した従業員がキレ者で勝手に立ち回るようになる
Y工業のA社長は創業40年を機に引退を考えたが、他社に勤める長男B氏はまだ20代で、経営を任せるには未熟だった。そのため古参従業員のC氏を、いわば中継ぎ役として社長に抜擢した。7年が過ぎ、長男が育ったと判断した元社長のA氏は、呼び戻して経営権を譲ろうとしたが、C社長は7年の実績を強調し抵抗を示す。さらに、経営のうえで必要だとしてA一族が持つ株式の譲渡を求めてきた。これをA氏が拒否すると、C氏は従業員を引き連れて退社し、別会社を作ると通告してきた。
Advice 書面や従業員告知で客観的な証拠を残す
中継ぎ役を頼んだ人との間に十分な話し合いがなく、また書面に残すこともせずに、経営を移譲してしまったことが原因です。任命に当たって合意した内容は書面にして、会議の場などで従業員にも伝えておきましょう。中継ぎ経営者の勝手な行動を牽制(けんせい)できます。
■資本と経営の分離が不十分
事例3 事業と無関係の親族が株相続第三者へ売却せざるを得ない
N家具製作所は、A社長が株式の80%を、弟のH専務が20%を持っていた。数年前に、A社長は代表取締役の座をH専務に譲って引退したが、株式はそのままにしておいた。ほどなくA社長は死亡し、80%の株式は、事業と無関係なA社長婦人と娘に相続されることになった。妻と娘は、株式の相続を受ける際に発生する相続税の支払いに苦慮した。H専務や従業員に買い取ってもらえれば、MBO(経営陣による買収)が成立するが、彼らにそれだけの資金力はない。妻と娘が相続税を払うには、資金力がある第三者への売却という道しかなくなった。妻と娘としても、第三者への売却は不本意。またH専務や従業員にとっても、株式が敵対的意図を持った企業に渡ってしまわないかと戦々恐々の日々を送ることになった。
Advice 引退時に経営権だけでなく資本も経営陣に集中させる
A社長が生前、H専務に株式を贈与しておかなかったこと、または遺言で指示しておかなかったことがトラブルの原因です。回避のためには、A社長が経営の第一線を離れた時に、経営権だけでなく資本(株式)もH専務に集中させておけばよいのです。また、法的要件を満たした遺言状の作成も効果的です。
■遺産相続をめぐってトラブルに
事例4 遺言書がなく意に沿わない非後継者へも事業資産が渡る
T着物のA会長が死亡した。遺産は総額10億円で、うち現金は5000万円。残る9億5000万円は、自社株式が2億円、事業用不動産が6億円、A社長個人が会社へ貸し付けた債権が1億5000万円だった。法定相続人は妻、T着物の社長である長男、そして次男の3人。次男もかつてはT着物で働いていたが、周囲の反対を押し切って若者向けカジュアル衣料事業を始め失敗。T着物に多額の損失を与えて、追放されていた。遺言書がなかったので、遺産分割協議となり、社長である長男は、自社株、事業用不動産、会社への貸付金を相続し、次男には現金5000万円を相続させる案を提示した。ところが次男は納得せず、法定相続分(2億5000万円)の相続を主張。やむなく事業用不動産の一部を相続させたが、その後も会社に対して賃料の増額を要請してくるなど、事業経営に少なからず影響を与えている。
Advice 遺言書の作成次第で相続配分が調整可能
会長の個人資産が事業に集中的に投下されており、遺言書もなかったため、望ましくない相続人にも事業用資産を相続させなければならなくなったことがトラブルの原因です。回避のためには、遺言書を作っておくことで、次男の権利を法定相続分(このケースの場合は4分の1)から、遺留分(同8分の1)まで下げられます。また、社長の個人所有の事業用不動産を会社が買い取るなどして、次男の権利分の現金を用意しておけばトラブルは避けられました。
代表取締役でなくなる時に退職金を受け取ると有利に
代表取締役会長である時は、社長時代と同じ報酬で問題ない。ただし、相談役や顧問など代表権を持たない役員に退けば、会社への貢献度に応じて減額し、税務署など第三者へ合理的な説明ができる額にしておこう。オーナー経営者の退職金は、代表取締役をはずれた時に受け取ると好都合だ。退職金という費用を計上することで、会社の株価は下がる。この時に後継者に株を贈与すると税金の負担が少なくて済むからだ。死亡退職金は制度上では認められているが、遺産相続のトラブルの種にもなるので生前支給の方がお勧めだ。退職の金額は、次の式で算定するのが一般的である。
退職金=代表取締役時の月額報酬
×取締役在任期間(年)×功績による倍率
功績による倍率は、一般的に3とされるが、実態によって変わる。例えば創業社長なら3でも妥当だが、自身は2代目で常務など代表権のない取締役の時代が長いのであれば、その期間は1.5や2などに下げる。仮に創業社長で、代表取締役としての月額報酬が100万円、在任期間が30年であれば、定数は3で、退職金は9000万円となる。
profile
玉越賢治(たまこし・けんじ)
1954年生まれ。関西大学経済学部卒。商工組合中央金庫とリクルートに勤務。2003年税理士法人タクトコンサルティングを設立し、代表社員に就任。また、中小企業庁「事業承継協議会」委員、東京商工会議所M&Aアドバイザーなどを歴任
■後継者の育成に問題あり
事例1 会長が実権を握っているため社長に経営力が身につかない
S産業のA会長は、85歳と高齢になっても、経営の実権を握っていた。社長は58歳の長男B氏。B社長は13年前に社長に就任したが、ワンマン経営の会長の下で経営手腕を発揮する余地もなかった。そんなある日、B社長は覚悟を決めてメーンバンクのO銀行を訪ね、両親が保有する株式の相続対策のため、税法上の株価概算評価額を算定して、その結果を父に説明してほしいと依頼した。O銀行から説明を受けたA会長は、「オレを経営から引きずり下ろす気か」と激怒。B社長との関係がギクシャクしてしまった。
Advice 立つ鳥跡を濁さずが理想会長の座に恋々としない
後継者を据えたにもかかわらず経営の実権を握り続け、B氏が後継者に育つ機会を与えなかったことがトラブルの原因です。経営権の移譲は後継者の口からはなかなか切り出せないもの。自ら節度を持って経営者人生に幕を降ろすようにしましょう。
■後継者の指名が安易すぎ
事例2 抜擢した従業員がキレ者で勝手に立ち回るようになる
Y工業のA社長は創業40年を機に引退を考えたが、他社に勤める長男B氏はまだ20代で、経営を任せるには未熟だった。そのため古参従業員のC氏を、いわば中継ぎ役として社長に抜擢した。7年が過ぎ、長男が育ったと判断した元社長のA氏は、呼び戻して経営権を譲ろうとしたが、C社長は7年の実績を強調し抵抗を示す。さらに、経営のうえで必要だとしてA一族が持つ株式の譲渡を求めてきた。これをA氏が拒否すると、C氏は従業員を引き連れて退社し、別会社を作ると通告してきた。
Advice 書面や従業員告知で客観的な証拠を残す
中継ぎ役を頼んだ人との間に十分な話し合いがなく、また書面に残すこともせずに、経営を移譲してしまったことが原因です。任命に当たって合意した内容は書面にして、会議の場などで従業員にも伝えておきましょう。中継ぎ経営者の勝手な行動を牽制(けんせい)できます。
■資本と経営の分離が不十分
事例3 事業と無関係の親族が株相続第三者へ売却せざるを得ない
N家具製作所は、A社長が株式の80%を、弟のH専務が20%を持っていた。数年前に、A社長は代表取締役の座をH専務に譲って引退したが、株式はそのままにしておいた。ほどなくA社長は死亡し、80%の株式は、事業と無関係なA社長婦人と娘に相続されることになった。妻と娘は、株式の相続を受ける際に発生する相続税の支払いに苦慮した。H専務や従業員に買い取ってもらえれば、MBO(経営陣による買収)が成立するが、彼らにそれだけの資金力はない。妻と娘が相続税を払うには、資金力がある第三者への売却という道しかなくなった。妻と娘としても、第三者への売却は不本意。またH専務や従業員にとっても、株式が敵対的意図を持った企業に渡ってしまわないかと戦々恐々の日々を送ることになった。
Advice 引退時に経営権だけでなく資本も経営陣に集中させる
A社長が生前、H専務に株式を贈与しておかなかったこと、または遺言で指示しておかなかったことがトラブルの原因です。回避のためには、A社長が経営の第一線を離れた時に、経営権だけでなく資本(株式)もH専務に集中させておけばよいのです。また、法的要件を満たした遺言状の作成も効果的です。
■遺産相続をめぐってトラブルに
事例4 遺言書がなく意に沿わない非後継者へも事業資産が渡る
T着物のA会長が死亡した。遺産は総額10億円で、うち現金は5000万円。残る9億5000万円は、自社株式が2億円、事業用不動産が6億円、A社長個人が会社へ貸し付けた債権が1億5000万円だった。法定相続人は妻、T着物の社長である長男、そして次男の3人。次男もかつてはT着物で働いていたが、周囲の反対を押し切って若者向けカジュアル衣料事業を始め失敗。T着物に多額の損失を与えて、追放されていた。遺言書がなかったので、遺産分割協議となり、社長である長男は、自社株、事業用不動産、会社への貸付金を相続し、次男には現金5000万円を相続させる案を提示した。ところが次男は納得せず、法定相続分(2億5000万円)の相続を主張。やむなく事業用不動産の一部を相続させたが、その後も会社に対して賃料の増額を要請してくるなど、事業経営に少なからず影響を与えている。
Advice 遺言書の作成次第で相続配分が調整可能
会長の個人資産が事業に集中的に投下されており、遺言書もなかったため、望ましくない相続人にも事業用資産を相続させなければならなくなったことがトラブルの原因です。回避のためには、遺言書を作っておくことで、次男の権利を法定相続分(このケースの場合は4分の1)から、遺留分(同8分の1)まで下げられます。また、社長の個人所有の事業用不動産を会社が買い取るなどして、次男の権利分の現金を用意しておけばトラブルは避けられました。
代表取締役でなくなる時に退職金を受け取ると有利に
代表取締役会長である時は、社長時代と同じ報酬で問題ない。ただし、相談役や顧問など代表権を持たない役員に退けば、会社への貢献度に応じて減額し、税務署など第三者へ合理的な説明ができる額にしておこう。オーナー経営者の退職金は、代表取締役をはずれた時に受け取ると好都合だ。退職金という費用を計上することで、会社の株価は下がる。この時に後継者に株を贈与すると税金の負担が少なくて済むからだ。死亡退職金は制度上では認められているが、遺産相続のトラブルの種にもなるので生前支給の方がお勧めだ。退職の金額は、次の式で算定するのが一般的である。
退職金=代表取締役時の月額報酬
×取締役在任期間(年)×功績による倍率
功績による倍率は、一般的に3とされるが、実態によって変わる。例えば創業社長なら3でも妥当だが、自身は2代目で常務など代表権のない取締役の時代が長いのであれば、その期間は1.5や2などに下げる。仮に創業社長で、代表取締役としての月額報酬が100万円、在任期間が30年であれば、定数は3で、退職金は9000万円となる。
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玉越賢治(たまこし・けんじ)
1954年生まれ。関西大学経済学部卒。商工組合中央金庫とリクルートに勤務。2003年税理士法人タクトコンサルティングを設立し、代表社員に就任。また、中小企業庁「事業承継協議会」委員、東京商工会議所M&Aアドバイザーなどを歴任
※記事は作成日時点のデータですので、あらかじめご了承ください。
















