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さかもと未明の言わずにいられない

<さかもと未明>危機の時にこそ真価が問われる

月刊ベンチャー・リンク2009年6月号

 

※月刊ベンチャー・リンクバックナンバー(2009年6月号)よりお届けいたします。

「理想的な経営者とは?」。これを執筆テーマに編集者から提案されて、戸惑っている私がいる。なぜなら私自身が一番そこから遠い経営者だからである。先般も、折からの不況による経営難のなか、アシスタント料を固定から歩合にするなどの提案をしたのだが、お互いに納得のいく折衷点がうまく見つけられず、今は話し合いを保留している状態だ。

 話し合いをしていて気づくのは、私の異常なまでのコミュニケーション力の低さである。ほんのちょっとした提案を受け入れてもらう話術も持たないし、こちらが気を回して先に提案したことが、相手にはまったくどうでもいいことだったりする。要するに、私は「働く側の気持ちが分かっていない」のだ。

 最も間違っていたと感じた瞬間は、お金を払えばいいものではないという事実を前にした時である。私は経営者の最低限の条件は、約束した給料を払い続けることだと思っていた。それを実践したうえでの高品質化の追求であり、とにかく給料の遅配がないことにばかり躍起になっていた。だから「お給料さえ払っていれば、多少のわがままも許してほしい」という甘えもあったように思う。

 しかし、漫画家の事務所で働くアシスタントは、「お金では多少の苦労をしてでも、いい作品の制作を手伝いたい」という気持が強い。彼女たちも人生の一時期を私という表現者兼経営者に委ねてくれているのである。まるでお金にならないというのではお話になるまいが、給料水準をキープするために不本意な原稿を手伝うのも得心しがたいというのが、彼女たちの本音だ。

 今回、話し合いが紛糾した時、「私も寝ないで必死に働いて、それでもお給料を前の水準で出せないのでどうしたらいいか相談しているのだから、あまり責めないで」と涙を流す私に、アシスタントたちは言った。「先生が気にしている額面のことを私たちは言っているのではないんです。新しい給料で働けるかどうかはまだ後ほどのお返事になりますが、何よりもいい仕事がしたいんです。そして私たちだって、何かを犠牲にしてここに来ています。先生だけが大変なのではありません」

 その言葉を私はここ数日、噛かみ締めている。これから私は新たな経営のステージに上らなくてはいけない。すなわち、以前の水準に満たない給料でもついてきてもらえる技能と、作品力、指導力が必要になってきているのだ。

 まさに企業体とは生き物で、経済活動、その使命、働く人間の年齢、状況などによって、通用するセオリーがどんどん変わってくる。そのうえに、この不況だ。ここを生き延びていくには、まさしく本物になるしかない。

 私は今、覚悟を決めつつある。
「この不況に遭遇しなければ、自分の作家としての成長をもう少し先延ばしにできたかもしれないが、もうこうなったら何がなんでも加速するしかないではないか」と。

 正直、絵描きの成長には時間がかかる。なのに、今まで猶予し、また生活費を稼ぐためにも、私は本業以外のところで時間をずいぶん浪費してきたように思う。「生活のため、経営のため」という言い訳で、本当は自分の才能のなさに向き合うのが恐ろしかっただけではないのか。今は違う。真の作家になって自分に対するニーズを掘り起こすのか、運を引き寄せられなければやめるのか、起死回生の勝負に出るべきだと思っている。

 個人的な話に終始してしまったが、今は私と同様に、あらゆる企業が存続の意義を問い直す時期なのだと思う。利益以外の価値を示すことができるのか、悪条件でも社員を牽引する力を持てるのか。結局のところ、本当の危機の時に人を動かすのは、損得でなく、真の価値、理想のような気がする。理想的な経営者とはすなわち、危機の時にこそ目の前の利害や現実の欲得におぼれず、真に企業が進むべき道を見据え、目を曇らせない人間ではないか。



1988年玉川大学文学部英文科卒。商社OLを経て24歳で漫画家デビュー。レディスコミック誌を中心に活躍するかたわらルポやエッセイも執筆し、売れっ子となる。00年、「文学界」にて『花悩』で作家デビュー。現在、日本テレビ『スッキリ!!』(月~金、午前8時~)のレギュラーコメンテーター。著書に『マンガ ローマ帝国の歴史1~3』(講談社)、『右よりですが、何か?』(ワック)など。
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