さかもと未明の言わずにいられない
<さかもと未明>アルコールの問題は決して甘くない
月刊ベンチャー・リンク2009年5月号
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中川昭一前財務相の辞任劇は衝撃だった。一国の大臣であられる方が、あのような姿を記者会見で世界にさらしてしまい、そして辞任する。風邪薬の影響との弁明もあるようだが、飲酒の問題だと感じた。少なくとも中川氏は、酒に関する風聞が多い。100年に一度とも言われる経済恐慌に見舞われている時に、あのような状態で人前に出たり、日頃からの飲酒が改善されなかったことは、遺憾だ。
中川氏とお会いしたことがあるが、実に誠意と志ある立派な方とお見受けしている。だからこそ、アルコール管理に対する甘さで、辞任にいたったことを心から残念に思う。公に席を持つ以上、実務がこなせるだけではだめで、服装や所作、振る舞い、日常生活の管理に及ぶまで自制を求められるのが、厳しいけれども社会の現実なのだ。
しかし日本社会そのものが、今まで実に酒に甘い社会であった。数年前の甚大な事故で規制されるまで、運転者に対しても「まあ一杯」と杯を向けるような風習があったのは事実だ。酒を飲まなければ「付き合いが悪い」と言われ、酒席ではめをはずすことや大量の飲酒が、たいていは軽い笑いとともに、むしろ当人の豪胆さの証明のように迎えられた。そういった日本社会の酒に対する危機意識の低さと、中川氏の今回の顛末は無縁ではないと思っている。あれだけの立場の方が、あのような問題を引き起こすまで飲酒をコントロールせずに過ごしてしまうなどということは、日本でなければありえないことだろう。
かくいう私自身、異常酩酊と連続飲酒を繰り返し、「アルコール障害」と診断を受けて断酒した人間である。それはちょうど責任ある仕事を任された3年前のことだ。心ある人が、私の状態を見て、とても大きなメディアに出て行ける状態ではないと病院のアルコール外来に連れて行ってくれた。私は断酒に成功したが、それはたまたま幸運だったのだと思う。“アル中”という言葉を、人は笑いを伴って使うことが多いが、アルコール障害はれっきとした、重篤な疾患である。しかし、単に「酒癖が悪いのだ」と本人や周りが気づかないうちに病は進行し、取り返しのつかない失言や暴挙、意識障害や事故、犯罪にまで発展していくのがこの病の恐ろしさである。「酒の席の上のこと」という言葉があるが、本当の「無礼講」というのはありえない。現実にはだんだんと誘いがかからなくなったり、重大な失敗がなされても、当人はそれが病によるものという自覚もなく自分を責め、時にはうつ病に苦しみ、罪の意識と孤独とでますます深い飲酒にのめり込んでいく。周りも「まじめに働いているのだからせめて酒くらい」と、善意と知識のなさゆえに、病を放置することが多い。そして病は進み、本人はどうにもコントロールできない飲酒と己の精神の不安定さにさらに苦しむのだ。アルコール障害とは、身体的な病でもあるが、孤独の病であり、時に当人と周囲の人を死に追いやるほど苦しめるものなのである。しかし、日本人の多くはこの恐ろしさを知らない。
私は、中川氏が病であると言っているのではない。飲酒が進めば、そのようになるケースもあるのだから、専門家を交えて飲酒を管理してほしいと望まずにいられないのである。大げさなようだが、一番いいのは酒量の調節でなく断酒である。「少しだけたしなむ」というのは、なかなか難しい。逆に断酒すれば、様々な問題が解決可能だ。中川氏ほどの志ある政治家が、飲酒の問題などで道を誤るほど惜しいことはない。今後はぜひ身を律し、国民の期待に応えていただきたいと、心から願う。断酒は困難だが、氏が志をもってすればきっと成し遂げるだろう。
私たちもまた、今回の顛末から学ぶことは多くある。社会人としてもっとアルコールについて考え、自らの人生と仕事を守ることがこれからの日本人には必要である。
1988年玉川大学文学部英文科卒。商社OLを経て24歳で漫画家デビュー。レディスコミック誌を中心に活躍するかたわらルポやエッセイも執筆し、売れっ子となる。00年、「文学界」にて『花悩』で作家デビュー。現在、日本テレビ『スッキリ!!』(月~金、午前8時~)のレギュラーコメンテーター。著書に『マンガ ローマ帝国の歴史1~3』(講談社)、『右よりですが、何か?』(ワック)など。
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