さかもと未明の言わずにいられない
<さかもと未明>人生は勝てば何でもいいわけではない
月刊ベンチャー・リンク2009年4月号
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朝青龍が復活優勝を果たした。それ自体はすばらしいことと思い、素直に敬意を表する。しかし、優勝の翌日の記者会見に大幅に遅れたりする相変わらずの態度には、「またか」と辟易した。一連の騒動や、横綱の地位を勝ち取って久しい年月を思えば、いつまでも「ヒール」から成長しないのは、幼すぎる気がする。
強いことは、確かにすばらしいことだ。しかし、ボクシングの亀田兄弟しかり、プロレス転向を決めてからの石井慧選手しかり、無頼ぶりばかりをフィーチャーして、そんなわがままも強ければ通用するといったストーリーで報道が進むのには、もううんざりである。そんな生き方を選んだ若者のその後が、決して幸せとはいえないことも含めて、いただけないと強く思う。
世の注目を浴びる若者に悪役のキャラクターを演じさせた方が、それは報道も盛り上がるのかもしれない。「悪業は岩に刻まれ、善業は水に刻まれる」というが、オリンピックなどで偉業を成し遂げたすばらしい選手たちが、その後は市井で静かに暮らし、悪役を引き受けたものだけがメディアに露出し続けるという構造を、私たちもよく認識していなければならないだろう。
私は正直、数年前まで「悪役的」生き方を志向する人間であったように思う。私は刺激的なキャラクターを演じてメディアに露出することで生き残りをかけた。とにかく量をたくさんこなして原稿料を貯蓄し、将来的に書きたい作品を書く時間を「買う」ために何でもするのだと突っ走り働きまくった。一時的に露出も増え、過分なほどのチャンスも得た私だったが、その結果として得たものは、病と孤独だ。私はいつも負けることを恐れて走り続け、けれどとてもこれ以上は頑張れないという体力の限界に突き当たった。
「力任せなだけじゃ人生は乗り切れないよ。応援するから、人を信じて、もっと素直にそっと生きることも学びなさい。ほとんどの人はあなたみたいに頑張る力もなく、けれど小さな幸せを大切にして生きているんだよ」
もう回復しないのではないかと思った病のさなかにかけられた言葉に、私は涙せずにいられなかった。もう力に頼っては生きられない、私はようやく力の限界を実感し、普通よりも力弱き者として頭を垂れながら、それでも漫画の道を進みたいと祈ることを覚えた。
驚いたのは、それから信じられないほどの援助とやさしさに恵まれたことである。それは金銭的支援などでなく、真心からのやさしい言葉や視線であったが、それがどれほどの力となり、日々生き延びていく力になるかを私は実感した。かつては「助けてくれる気があるのなら、1万円でもお金になる仕事を実らせてほしい」と思っていた私が、ようやく、「口に糊するだけのお金があれば、あとは周囲の愛を力にして生きられる」と知ったのである。その力を知らなかった私は、心やさしき人々の静かに懸命に生きる姿を目に入れることができず、力任せに孤独に戦い、心と体を痛めつけていただけなのである。
「結局はトップに上り詰めるだけの強さを持たなかっただけだ」と評価されることを、私は喜んで受け入れたい。私はそんな力任せの生き方で成功するよりも、誰に評価されなくても、そっと誠実に人生を生きようとする人々に囲まれて、これからも原稿を書きたいと思うからだ。けれど、それで「負けていい」とも思っていない。なぜなら、これからの日本で必要なのは、「心ある、力よりは愛によってたつ」ものが「最強」でなくてはならないと思うからだ。
幾万の蟻の大群がライオンを倒すこともある。私は心ある誠実な力士がいつか力に頼む横綱を倒しにいく日を見たい。あるいは力に頼んできた横綱が、いつか真心や誠意を身につけて、真の勇者となってくれる日を見たいと思う。そんな時に相撲人気は再び復活するだろう。
1988年玉川大学文学部英文科卒。商社OLを経て24歳で漫画家デビュー。レディスコミック誌を中心に活躍するかたわらルポやエッセイも執筆し、売れっ子となる。00年、「文学界」にて『花悩』で作家デビュー。現在、日本テレビ『スッキリ!!』(月~金、午前8時~)のレギュラーコメンテーター。著書に『マンガ ローマ帝国の歴史1~3』(講談社)、『右よりですが、何か?』(ワック)など。
さかもと未明オフィシャルブログ「さかもと未明の和みカフェ?」
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