洋ランの総合産業化で世界のトップを目指す
<小さな巨人>育種・種苗生産会社/徳島県美馬市発/河野メリクロン
ベンチャー・リンク2008年12月号掲載
河野メリクロンはシンビジウムの育種(新品種の開発)と種苗生産で世界最大規模を誇る。徳島県の中山間地で産声を上げた会社が作出した品種が国内はもとより世界各国で年間300万本も栽培されている。その大躍進の要因を探る。
本社ショールームに年間約10万人も来場
色とりどりの洋ランがずらりと並んだ河野メリクロン(徳島県美馬市)のショールーム兼直売所「あんみつ館」。展示の中心は、洋ランの中で冬期の高級贈答品として名高い「シンビジウム」だ。
爆発的ヒットとなった上品なピンクの「あんみつ姫」、シンビジウムの最高峰と称えられる「マリーローランサン」、皇太子妃雅子さまをイメージした「プリンセスまさこ」、皇太子ご夫妻の長女の愛子さま誕生にちなんで命名した「愛子さま」など、同社が開発した品種は絶大な人気を得ている。
「あんみつ館」では、観賞用の洋ランのほか、ランのエキスなどを使った化粧品、医薬部外品、食品の販売も手がけ、1991年のオープン以来、県内外から年間10万人近くが訪れる観光拠点となった。
河野メリクロンはシンビジウムの育種(新品種の開発)と種苗生産で世界最大規模を誇る。徳島県の中山間地で産声を上げた会社が作出した品種が国内はもとより世界各国で年間300万本も栽培されている。
大躍進の要因は、バイオテクノロジーの先端技術にいち早く注目して実用化し、地道かつ精力的に品種改良を重ねてヒット作を生み出したことにある。先端技術とは、社名にもある「メリクロン」だ。メリクロンとは、meristem(メリステム=分裂組織)とclone(クローン=栄養繁殖系)の合成語(ともに英語)。
元々、69年にフランスで開発された技術で、植物の新芽の先端の組織を無菌状態で培養することにより膨大な量の苗が得られる。当時23歳だった河野通郎社長はこの技術開発のニュースを聞くと稀少な文献を取り寄せ、新技術の研究を重ねた。無菌のフラスコ内で新芽を育て、切断と移植を繰り返し、1つの分裂組織から約2年間で数万本の苗を得ることに成功した。河野メリクロンを設立したのは、メリクロンの研究が実を結び、生産が軌道に乗り始めた1977年、河野通郎社長が30歳の時だった。
高校2年でランに魅了され風呂場の片隅で培養の研究
メリクロン技術を習得した河野社長は、80年に当時で世界最大規模となる無菌室を備えたメリクロン生産設備を新設。さらに85年には年間で500ccのフラスコ30万本の量産体制を整え、一気に攻めに出た。
贈答用の需要増などに乗って、順調に出荷量、出荷額ともに伸びていったが、新規参入が増えて価格競争が激しくなった。そこで河野社長は、海外から輸入した品種の育苗だけでなく、育種、つまり新品種開発にも本格的に取り組み始めた。
一般的に洋ランの新品種を作るには、交配から初花を見るまで4~5年かかり、さらにそれを増殖して苗を得るのに2年、成株に育てるまでに3年、新品種を消費者に届けるまでには合計で約10年もの年月を要する。新品種の開発においては、せっかく花が咲いても価値ある品種になるかどうかは数万分の1以下といわれる世界だ。まわりからは、「雲をつかむような話」「趣味のレベルでやめておけば」という声がもれるなか、河野社長は果敢に挑戦した。
そもそも河野社長は洋ラン一筋40年。高校2年生の時、偶然、手に取った園芸書でその美しさに一目惚れしたことをきっかけに研究にのめり込んでいた。アルバイトで貯めた貯金を注ぎ込み、段ボール1箱の苗を東京の園芸会社から購入し、栽培技術を研究する一方、風呂場の片隅で培養の研究も始めた。「毎日世話をしているランのことが心配で、修学旅行にも行かなかった」という。
洋ランの新品種は、異なる品種を掛け合わせて生み出す。その組み合わせは無数にあり、経験と勘だけが頼り。結果として優れた新品種が生まれるかどうかは、運にも左右される。とても理論化できない世界だが、「観察が何より重要」と河野社長は語る。「どのような品種を生み出したいかを明確にイメージし、親株の性質をしっかり見極めたうえで、交配していくのです」
高校2年から始めた研究が実を結び、86年には飛躍のきっかけとなる新品種「あんみつ姫」が誕生。当時流行していたアニメにヒントを得たネーミングと比類ない美しさから、年間10万本を出荷する人気商品となった。河野社長の経験と勘、そして大規模な各種設備を使っての無数の交配により、河野メリクロンはその後も次々と新品種を開発し、農林水産省への品種登録数は、申請中のものも含め延べ500品種以上にも上る。
世界最大の園芸博覧会で出品した全16種が金賞に
高い技術力は、国際的な展示会で世界に知られるようになり、02年には園芸大国オランダで10年に一度開催される世界最大の園芸博覧会フロリアードに出展。出品した16品種すべてが金賞を受賞し、2品種は最高の金賞一席を獲得した。
河野社長はシンビジウムの強い生命力に着目し、新事業にも乗り出している。100日以上も花が咲き続け、根元にある肥大した球状の「バルブ」といわれる部位は水をまったく与えなくとも新芽を伸ばし続ける生命力がある。
同社はそのバルブから抽出したエキスを利用した育毛剤やワインを開発し特許を取得した。さらに「植物の特許制度」とも呼ばれる品種登録制度による育成者権があり、原材料となる洋ランは独占的に栽培できる。このため、新品種の作出、品種登録、新品種の洋ランを原料にした製品開発、商標登録と販売が独占できる洋ラン事業の一貫体制が完成した。その優れた経営手腕は特許庁にも認められ、07年には「知財で元気な企業」に選出された。
現在、同社の品種は、韓国でもライセンス生産されている。また、富裕層が増え贈答需要でシンビジウム人気が高まった中国での生産も合弁会社によって開始した。来年には、同社敷地内に美術館を開設する予定だ。事業を拡大し続ける同社は、河野社長が目指す「ランの総合産業企業」に着実に近づいている。
河野通郎野郎社長1946年徳島県生まれ。高校時代から洋ランの栽培に着手。69年メリクロン技術の研究を開始し、77年河野メリクロンを設立。86年にはシンビジウムのヒット作「あんみつ姫」を発表。科学技術庁長官賞をはじめ国際園芸博や世界的なラン展で多くの賞を受賞している。
河野メリクロン
【所在地】〒779-3604 徳島県美馬市脇町大字北庄562-1
【TEL】0883-52-2189
【設立】1977年6月
【資本金】2100万円
【売上高】22億6400万円(08年6月期)(グループ合計)
【従業員数】130人(グループ合計)
【事業内容】洋ラン(シンビジウム)の品種改良とメリクロンの生産販売および関連事業
【URL】http://www.kawano-mericlone.com/
文・藤川満
![]() 徳島県の中山間地に立地する河野メリクロン。写真の範囲に、本社、あんみつ館、育種場など8つの施設が点在している。 |
爆発的ヒットとなった上品なピンクの「あんみつ姫」、シンビジウムの最高峰と称えられる「マリーローランサン」、皇太子妃雅子さまをイメージした「プリンセスまさこ」、皇太子ご夫妻の長女の愛子さま誕生にちなんで命名した「愛子さま」など、同社が開発した品種は絶大な人気を得ている。
「あんみつ館」では、観賞用の洋ランのほか、ランのエキスなどを使った化粧品、医薬部外品、食品の販売も手がけ、1991年のオープン以来、県内外から年間10万人近くが訪れる観光拠点となった。
河野メリクロンはシンビジウムの育種(新品種の開発)と種苗生産で世界最大規模を誇る。徳島県の中山間地で産声を上げた会社が作出した品種が国内はもとより世界各国で年間300万本も栽培されている。
大躍進の要因は、バイオテクノロジーの先端技術にいち早く注目して実用化し、地道かつ精力的に品種改良を重ねてヒット作を生み出したことにある。先端技術とは、社名にもある「メリクロン」だ。メリクロンとは、meristem(メリステム=分裂組織)とclone(クローン=栄養繁殖系)の合成語(ともに英語)。
元々、69年にフランスで開発された技術で、植物の新芽の先端の組織を無菌状態で培養することにより膨大な量の苗が得られる。当時23歳だった河野通郎社長はこの技術開発のニュースを聞くと稀少な文献を取り寄せ、新技術の研究を重ねた。無菌のフラスコ内で新芽を育て、切断と移植を繰り返し、1つの分裂組織から約2年間で数万本の苗を得ることに成功した。河野メリクロンを設立したのは、メリクロンの研究が実を結び、生産が軌道に乗り始めた1977年、河野通郎社長が30歳の時だった。
高校2年でランに魅了され風呂場の片隅で培養の研究
![]() メリクロン技術の中枢である無菌操作を行なうクリーンルーム。フラスコ内で培養された組織をメスで切断する作業には神経を使う。 |
贈答用の需要増などに乗って、順調に出荷量、出荷額ともに伸びていったが、新規参入が増えて価格競争が激しくなった。そこで河野社長は、海外から輸入した品種の育苗だけでなく、育種、つまり新品種開発にも本格的に取り組み始めた。
一般的に洋ランの新品種を作るには、交配から初花を見るまで4~5年かかり、さらにそれを増殖して苗を得るのに2年、成株に育てるまでに3年、新品種を消費者に届けるまでには合計で約10年もの年月を要する。新品種の開発においては、せっかく花が咲いても価値ある品種になるかどうかは数万分の1以下といわれる世界だ。まわりからは、「雲をつかむような話」「趣味のレベルでやめておけば」という声がもれるなか、河野社長は果敢に挑戦した。
そもそも河野社長は洋ラン一筋40年。高校2年生の時、偶然、手に取った園芸書でその美しさに一目惚れしたことをきっかけに研究にのめり込んでいた。アルバイトで貯めた貯金を注ぎ込み、段ボール1箱の苗を東京の園芸会社から購入し、栽培技術を研究する一方、風呂場の片隅で培養の研究も始めた。「毎日世話をしているランのことが心配で、修学旅行にも行かなかった」という。
洋ランの新品種は、異なる品種を掛け合わせて生み出す。その組み合わせは無数にあり、経験と勘だけが頼り。結果として優れた新品種が生まれるかどうかは、運にも左右される。とても理論化できない世界だが、「観察が何より重要」と河野社長は語る。「どのような品種を生み出したいかを明確にイメージし、親株の性質をしっかり見極めたうえで、交配していくのです」
高校2年から始めた研究が実を結び、86年には飛躍のきっかけとなる新品種「あんみつ姫」が誕生。当時流行していたアニメにヒントを得たネーミングと比類ない美しさから、年間10万本を出荷する人気商品となった。河野社長の経験と勘、そして大規模な各種設備を使っての無数の交配により、河野メリクロンはその後も次々と新品種を開発し、農林水産省への品種登録数は、申請中のものも含め延べ500品種以上にも上る。
![]() 右/91年に開発された「マリーローランサン」。シンビジウムの中でも一段と生命力が強い。左/86年に開発され、同社躍進のきっかけとなったシンビジウム「あんみつ姫」。 |
世界最大の園芸博覧会で出品した全16種が金賞に
高い技術力は、国際的な展示会で世界に知られるようになり、02年には園芸大国オランダで10年に一度開催される世界最大の園芸博覧会フロリアードに出展。出品した16品種すべてが金賞を受賞し、2品種は最高の金賞一席を獲得した。
河野社長はシンビジウムの強い生命力に着目し、新事業にも乗り出している。100日以上も花が咲き続け、根元にある肥大した球状の「バルブ」といわれる部位は水をまったく与えなくとも新芽を伸ばし続ける生命力がある。
同社はそのバルブから抽出したエキスを利用した育毛剤やワインを開発し特許を取得した。さらに「植物の特許制度」とも呼ばれる品種登録制度による育成者権があり、原材料となる洋ランは独占的に栽培できる。このため、新品種の作出、品種登録、新品種の洋ランを原料にした製品開発、商標登録と販売が独占できる洋ラン事業の一貫体制が完成した。その優れた経営手腕は特許庁にも認められ、07年には「知財で元気な企業」に選出された。
現在、同社の品種は、韓国でもライセンス生産されている。また、富裕層が増え贈答需要でシンビジウム人気が高まった中国での生産も合弁会社によって開始した。来年には、同社敷地内に美術館を開設する予定だ。事業を拡大し続ける同社は、河野社長が目指す「ランの総合産業企業」に着実に近づいている。
![]() |
河野メリクロン
【所在地】〒779-3604 徳島県美馬市脇町大字北庄562-1
【TEL】0883-52-2189
【設立】1977年6月
【資本金】2100万円
【売上高】22億6400万円(08年6月期)(グループ合計)
【従業員数】130人(グループ合計)
【事業内容】洋ラン(シンビジウム)の品種改良とメリクロンの生産販売および関連事業
【URL】http://www.kawano-mericlone.com/
文・藤川満
※記事は作成日時点のデータですので、あらかじめご了承ください。



















